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更新日:2024年5月24日
魚介類供養塔(R6年5月24日修正)
町指定:建造物
指定名称:魚介類供養塔
所在地:本荘2丁目16-18(本荘中公会堂裏)
魚介類供養塔:寛延3年(1750)
魚介類供養塔は本荘中公会堂の裏に位置している。高さ325cm、傘の隅飾が開いた江戸中期の様式の堂々とした宝篋印塔です。
宝篋印塔とは、最初は「宝篋印陀羅尼経」を納めた塔をいいましたが、時代とともに意味が変わり、供養するためのものになってきます。この塔では、塔身に一字金輪仏頂をあらわす梵字を刻み、基壇に「妙経一石一字納塔中」「魚類成仏の塔」「寛延三庚午卯月吉祥日」「施主問屋梅谷」とあります。「梅谷」とは東本庄村の魚問屋の梅谷七右衛門清政のことで、扱ってきた魚介類に感謝し、すべての魚介類の魂が成仏するようにとの気持ちがこめられています。
この魚介類供養塔を建立したのは、梅谷家文書『愚胸記』に魚問屋に関しての記述があるため、梅谷七右衛門清政と推測されていましたが、その文書も供養塔建立以前に執筆を終えているため確証はされていませんでした。現地の案内板も「当地の魚問屋」と書かれ、建立者名まで明記していませんでした。
平成7年の阪神・淡路大震災の時に倒れて、納められていた銅銘板が発見されました。この銘文は主に経文と願文からなり、経文は悉曇文字(しったんもじ)(意味:梵字の母字)で、願文は漢文で書かれています。特に願文の内容は、建立の意図を知ることのできる重要な資料であり、拓本をとり、願文の内容を調査したところ、「当地の魚問屋」が梅谷七右衛門清政であることが確認され、推測されていたとおりであることがわかりました。
梅谷家文書『愚胸記』との関連も含め、願文が調査・解明ができたことにより、歴史の資料としての価値も高まりました。
また、兵庫県には、魚介類の供養塔として他の例も少ないことから、郷土の偉人、梅谷七右衛門清政建立による貴重な建造物です。
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